

半纏・法被ドットコムのスタッフはすべて職人。出来にこだわり、祭り用・イベント用など用途に併せてお客様の満足のいく物を製作致します!

当店は、およそ400年前の江戸時代初期に整備された染師の町、南染師町にあります。当店の染物職人はその染師町でゆるやかに流れる七郷堀の水の恵みを受け、創業明治20年という老舗の伝統と技を受け継いでいます。
「染めている所と染めていない所との境をいかにきれいに出せるかが染め物屋の腕の見せどころ」です。染めは、染める部分より、染めない部分が大事なのです。
さらに生地の性質によっても染まる色の感じが変わってきます。同じ種類の生地であったとしても1枚1枚個性があり、そこで生み出される微妙な差が趣となり、世界に一枚だけのはんてん・法被が完成するのです。
また半纏の肩当て・袖口に柄物に手拭い生地を当てると、半纏の品がアップします(こちらは別途費用が発生します)。


品質管理を含む全体の流れを見ております。
ご要望に対してご満足いただける製品作りを従業員共々目指しております。

ネット担当また、データの加工と染色を担当しています。お電話などでお問い合わせの場合は、私が対応させていただきます!どんなことでも構わないので、お気軽にお尋ね下さい。

二代目より現在まで当店の歴史を誰よりも知る大ベテラン!製作する上で一番大事な、筒引きや型置きの糊置きの作業を担当しています。お客様に満足していただけるように仕上げます!


デザイン全般を担当しています。
お客様がイメージされている物に「より近く」「それ以上」の形に仕上げていきたいと考えております。
これまで色んなお客様に会い、色んな半纏・法被をデザインして来ました。
仙台市で行われている「仙臺すずめ踊り」で使用されている半纏も、より良い物に仕上げる為、デザインより何度も何度も打合せを重ねさせていただきました。
祭を華やかに彩る半纏のデザインを心がけております。

明治20年頃より初代、『永野 勘兵衛』が元荒町(現在の仙台市青葉区一番町2丁目)にて染色業を開始したのが始まりです。主に藍染の半纏などを製作していました。お得意様の中で一番長くお取引させていただいております「よろづ園茶舗様」とはこのころよりのお付き合いになります。
二代目である『永野 勘之助』のころになると、昭和20年の仙台空襲により市の中心部が焼失し営業ができなくなった為、元荒町を離れ南染師町へ移ることとなりました。戦後、様々な業種(大工さん・左官さん・庭師さんなど)で半纏を制服に取り入れたことにより半纏の受注が増えました。戦後から仙台の復興を目指す職人さんたちに、当店の半纏が愛用されたのでした。
三代目『永野 光夫』の代では、糊置きや染めの技術が認められ昭和六十年に仙台市より技能功労賞を受ける名誉を頂きました。半纏やのれんの他に漁業の発展に伴い造船が盛んに行われ、仙台港の湾内では染物職人が染めたカラフルな大漁旗が力強くはためいていました。
四代目『永野 仁』が昭和48年より従事。パソコンを導入しレイアウトをカラープレゼンをするなどをし直販を強化。さらに五代目『永野 仁輝』が平成13年より従事すると、ホームページによるネットでの営業を開始、今に至ります。
当店での代金の支払い方法は代金引換、銀行振込、郵便振替、イーバンク銀行からお選びいただけます。
入金日を確認後、3日〜10日以内に発送させていただきます。なお地域や条件により、発送まで時間をいただく場合は連絡させていただきます。
不良品や破損品の場合は引き取りをさせていただきます。詳しくは連絡をいただいた際にご案内させていただきます。お客様の都合による場合は弊社に連絡していただいた上で、商品を返送下さい。
当店での代金の支払い方法は代金引換、銀行振込、郵便振替からお選びいただけます。